KYOEIDO WINE

対談

第3回

藤原光洋(前編)

ワイン醸造のプロセスを音楽に転用して

2020/08/13

文・柿本礼子

2019ヴィンテージの共栄堂ワインを飾った「音楽」。学校法人岩崎学園 横浜デジタルアーツ専門学校の学生でもあるMono.、Macy Chey (イラストは夕方さゆこ)に続き、秋リリースの最後を飾ったのは、同校で教鞭を執る藤原光洋氏の音楽でした。 実は藤原さんと共栄堂ワインの小林剛士は同郷の幼馴染でもあります。「つよぽん」「みっちゃん」と呼び合う二人のクロストーク、前編は音楽に込められた秘密を解き明かす!の巻です。

複式学級で机を並べて

小林:
みっちゃん(藤原さん)とは小学校、中学校と同じなんだよね。僕が一年先輩で。増富という田舎の学校で、生徒も少なくて。
藤原:
僕の学年が4人くらいで、つよぽんの代は6人、最後は8人。だから複式学級でしたね。1、2年とか2学年が一緒のクラスで。
小林:
黒板の真ん中に線を引いて、こっちは3年、あっちは4年と算数の授業があったりして、面白かったよなあ。自分の課題が終わっちゃうと暇だから、次年度の問題も解いちゃったり、その逆もあったり。
藤原:
そうしているうちに、みんな何となく勉強できちゃうようになる。あれは面白かったね。
小林:
高校大学と少し疎遠になっていたんだけど、2012年の(小学校の)閉校記念の時に久しぶりにみっちゃんと会ったんだよね。
藤原:
年末の忘年会だよね。つよぽんが自分のワインを持ってきて、飲みすぎちゃって……。僕あの時、帰りに崖から落ちたんだわ(笑)。
小林:
ははは、ダメじゃん! そりゃ悪酒だわ。
藤原:
いやいや、それくらい楽しい酒だったんだよね。雪の中滑り落ちて、車の鍵も落として。それでも雪まみれになりながら、何食わぬ顔して家には戻ったみたいなんだけどね(笑)。その時にお互いの近況を知って、今回に繋がったんだよね。
小林:
みっちゃんが音楽の仕事についていて、さらには教鞭も執っているってことにすごく驚いた。だって子供の頃は天文物理好きな秀才だったんだもん。その話は後にするとして、まずは今回提供してくれた曲の話をしようか。

音楽に組み込まれた「数学的処理」とは?

(藤原さんコメント抜粋)
「今回の楽曲は、一曲のシンプルなピアノ曲が元になっています。これは共栄堂ワインにまつわる、ある重要な言葉から作られています。その言葉に数学的な処理をし、メロディーや和音構造として音楽へ具現化しました。」
(今回の作品について——藤原さんコメント)
小林:
今回は実際には、1曲を3パターンにして送ってくれました。ヴァージョン1はピアノのみ、ヴァージョン2はそこにヴォーカルが入り、ヴァージョン3は大川カズトさんのアレンジが入ったもの。WEBサイトでは完成形とも言えるヴァージョン3を掲載しました。
藤原:
ありがとうございます。
小林:
1は柔らかく、春夏秋冬の流れのような感覚を感じました。2はそこに華やかさや色彩がプラスされた感覚で、自然の色合いに人間の感情が見え隠れするような感じ。ちょっとどこに向かっているのか見失いそうな危うさも感じました。そして3は全く次元が異なって、同じ旋律であるにも関わらず、自然の季節の移ろいというよりも、むしろ「ワインの成長」を感じました。果実が収穫され、酵母によって発酵し、劇的にジュースからワインに変化しているような感じです。
藤原:
そうした感想をいただけるのは嬉しいです。シェーンベルクのような高尚な現代音楽のようなものではなく、もっと「日常」を意識しました。単純に綺麗だなと思えるようなものにしたいという狙いはありました。
——それにしても解説が意味深です。この音楽が一つの重要な“言葉”から作られているとは、どういうことでしょうか?
藤原:
ははは。これはこの世代だと割と簡単に解ける謎を、ものすごく高尚に言っただけなんです。ポイントは数字。
小林:
……全然どこから手をつけていいかもわからない……。
藤原:
曲をよーく聞いてみると、数字を言ってるでしょ。これと楽譜(エチケットに使用)を見比べてみて。楽譜の最初の音階は?
小林:
一応楽譜は読めるはず。「ファ」だよね?
藤原:
そう。「ファミドソ」から始まる。これを音階の順番で置き換えると 4385 650503 となる。この音楽は、この一連の音の塊のバリエーションでできているんです。
小林:
へええ。それでこの数列が何かを意味していると。
藤原:
そう。これなしでは共栄堂ワインができないという不可欠なものです。
小林:
…………ぐわー!わからん!!
——あ、すみません。私分かっちゃいました。これは確かに若い世代には解けないですね。
藤原:
そう、この世代だったら分かる。
小林:
……降参です。
藤原:
ポケベルですよ。最初の「4」は行、つまり「た行」。次の「3」は段、つまり「た、ち、つ」と3段目なので、「43」=「つ」です。そうすると…?
小林:
「つ」……「よ」……「ほ」……
藤原:
次の「05」は半濁音だから「ぽ」。「03」は「ん」です。
小林:
つよぽん(笑)。いや分かんねえわ、これ!
藤原:
この曲に通底するようにブザーのような音が流れているでしょう? これは乱数放送(ナンバーステーション)っていって、夜中とかにラジオで流れているんです。北朝鮮の工作員やロシアの工作員に向けて暗号で司令を送っていると言われているもので、色んな音のバリエーションがあるんですよ、これが昔っからすごい好きで。

Wiki:乱数放送(ナンバーステーション)
藤原:
乱数放送の頂点はロシアの、このブザーがなる放送なんです。だからこの曲をきいた誰かが「あ、これナンバーステーションじゃん。てことは数字に隠された意味があるかも」で謎解きしてTwitterとかで書いてくれるかもしれないし…。
小林:
うちのお客さんにそこまでのマニア多分いないから(笑)。
藤原:
いや分かんないよー。まあこれが「数学的操作」の全貌ですね。
つよぽんの印象を聞いて嬉しかったのは、結構この曲を作ったプロセスで僕が意図していたことを読み解いてくれていることで。まずはピアノで骨格になる曲を作ったわけですが、その後山梨で畑や機械の音など、フィールドレコーディングを行っているんですね。それにはまず、どんなところから。ワインが生まれるんだろう、と、現地に行って見ておきたいという気持ちがありました。
小林:
うん。
藤原:
ワインは原材料がブドウですよね。でも色々な化学変化が起きてワインになっている。また、ブドウだけではあるんだけど、そこには畑の土があり、水があり、空気があり、それらのいろいろな成分が入っている。そういう音を混ぜ込むことで、化学変化している感じをトレースしたかった。
小林:
この展開が面白かった。僕の醸造の仕事って酵母に「委ねている」から。コントロールなんて出来ないんだけど、委ねかたでなんとかできることをする、という感じ。ままならない部分と自分の手が入っている部分が、音楽からも感じ取れて面白かったな。
——本曲はアメリカの電子音楽のレーベルからも声がかかっているとか。
藤原:
そうですね。日本の電子音楽はとても海外から評価が高いんです。オーガニックな音を録って加工したりと、「音」の技が細かいというのもあるかもしれません。


藤原さんのユニークな音楽制作までの経歴や、人に何かを「伝え・教える」ことについては、後編でたっぷりご紹介します。

藤原光洋

昭和音楽大学大学院作曲専攻修了。修了時、特別賞受賞。日本現代音楽協会現音作曲新人賞入選。オーケストラの祭典ファンファーレコンペティション1位。近年では、手塚眞監督作品、映画「星くず兄弟の新たな伝説」(第29回東京国際映画祭出品)の劇中歌制作、増井公二監督作品、映画「ロリさつ」(第4回新人監督映画祭出品)の音楽制作を担当。一方、Funk、Soulといった音楽性を軸にした自身のバンドにキーボーディストとして参加。様々なジャンルの国内外のミュージシャンと共演している。
現在、岩崎学園横浜デジタルアーツ専門学校(YDA)ミュージック科において、技術指導にとどまらず、これからの音楽業界を支える人材育成のため多彩な教育プログラムを開発、実践。作曲家、アーティストはもとより、技術とビジネス感覚を併せ持った次世代型音楽業界人の育成を行っている。